法律制作演習とそのための考察

〜グランドデザインとしての労働の質的意義を問う基本法をモチーフに

92SJ1272 堀達哉

現代の日本社会は、モラル無き利潤追求が横行し、その弊害が至る所に現れている、などと言われることがよくある。哲学無き収益、モラル無き商行為の排除に、法律など、社会基盤の面から「商哲学」「商モラル」のいわば再構築を図ることができないか、と考え、その視点を「労働」という面から貫く、「労働基本法」といったものがありえるのではないか、と考え、そのための法律成立への要請の背景となるものを拾い集めようとして来た。

働くことの意味が、ストレートな資本主義化の環境に特有の「商品としての労働」と、一定の民主主義化の環境に特有の、自己の存在意義を形成する、という意味での「生業としての労働」との間にみられる温度差を眺めてみると、大衆の中で、後者を大切にしたいという流れが徐々に大きくなっていることが伺える。

労働者をとりまく状況自体が労働者の意識に変化を与え、生活者(としての労働者)をとりまく状況自体が生活者の意識に変化を与えていることそれぞれが、漠然とした形であってもつなぎ合わせて捉えられるようになると、労働者個々人が納得のいかない労務を提供することに、ますます抵抗を感ずるようになり、ストレスはそれぞれの内で大きくなる。

こういった流れを遠目に眺めてみると、早晩、納得のいかない仕事に従事することを拒否する要求は大きくなるものとして、その際に個々人にとって指針となる、周囲の基準を切り離していても自らを律することができる何らかのモラル、を模索し始める際の価値観を先取りし、個人にとっての労働とは何か、という点について改めて、問い直して行く必要を感じる。

各自が持つ意義を主体的に判断し、そのためその関わる業務内容に関しての情報を適切に入手することが個人にとって大きな意味を持つことを無視することができない状況になりつつある、という言い方もできる。

次代の労働環境を組み立てる際に避けては通ることができないこの要求を、「労働条件」として当てはめてみた場合、そこに必要な視点は(イ)「技術の尊重」=労働の手応えを確かなものとする労働上の技術の取扱。(ロ)「生活重視」=労働を安定させる生活重視への考え方。(ハ)「情報共有」=就労環境を安定化する「情報」の取扱。(ニ)「主体性の尊重」=仕事の上での労働者の「主体性」の取扱。これらについて、従来より踏み込んだ形での社会共通の価値観が形成される必要に迫られる。

ところが、この4点は、質的に意義深い企業活動を促す作用をもたらす重要なポイントであるが、どれも直接的、短期的な意味では企業自体の利害と対立してしまいやすい。そこで、長期的な視野のもと、充分に充実した労働環境の下、質的に充実した企業活動を各企業が為しうる様誘ってゆくしくみが求められてくる。そこでまず、(1)企画者の責任を明確にする法、(2)製品の社会環境への影響を図ることが可能になる法、(3)企画責任者の氏名を製品に明記する法、(4)次代の労働者の基本的な価値観を政策的に示す法、の4つを考え、そのうち(4)番目が、特に直接影響を及ぼす範囲が広く、また現行法との直接の矛盾を回避できる様組むこともできるなどの点から、更によく見てゆくこととし、大枠を組み立てた。その上で前述の(イ)「技術の尊重」(ロ)「生活重視」(ハ)「情報共有」(ニ)「主体性の尊重」を盛り込み乍ら、現行法との整合性に極力留意して、17ヶ条から成る「労働基本法」の組立てを試み、概念の具現化を図った。

以上の様に、今回私は、一つの法案例を組み立てることを主眼として、「演習」として作業を進めて来たが、その過程を通して、強く意識したことは、以下の様である。

高度成長が終り社会が成熟化して来ている現在の社会環境に照らして、労働者の権利として現在、憲法上にも認められている、団結権、団体交渉権、争議権のいわゆる「労働三権」が今後、労働者の権利全体の中でひとつの権利となり、他に「労働成果の質を追求する権利」「労働内容に関する情報を知る権利」といったものが本格的に求められる様になるだろう。当然、それに向けた社会基盤整備の体系づけが又、必要となってくるだろう。